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アロファオエ! ~わが愛をあなたに~ TAKE2 #古賀コン4
「裕人? 久しぶり。元気そうだね、でもちょっと太ったんじゃない?」
いきなりそれ? くっ、最近コンビニスイーツがやたら美味しいんだから仕方ないでしょ。らーめんも豚肉もテロ三昧だし。俺の人生だ。ほっといてくれ!
――とは思うものの、昔大好きだった彼女に呼び出されたとあっては、ひさしぶりにヘアワックスなど取り出し髪をセットして、いそいそと姿見でどのベルトにしようかな~なんてファッションショーをしてしまったくらいには、今の俺は舞い上がっている。
「裕人、急に連絡くれなくなっちゃうんだもん。寂しかったんだから」
彼女は頬を赤らめる。っく! かわいいじゃないの。その下唇を嚙むしぐさ、おれはそこに吸い付くのが好きだったんだよおお。あれ、俺たちって、なんで別れたんだっけ。
「はは、結構仕事が軌道に乗ってきちゃって、最近忙しくってさ」
悠里は、もう~と身体をしならせて、俺の右腕をつついた。
「独立したんだってね、お・め・で・と・う」
2年ぶりに会ったというのにこの馴れ馴れしさはなんだ? 俺の方がちょっと引く。まさか金目当てか? だけどやっぱり男って不甲斐ない。鼻の下が伸びそうになるのを自制しつつ、ほんのちょっとだけ上半身を引いて俺は訊いた。
「で、何? 話って」
「だから、風鈴だよお」
「風鈴?」
悠里はまた、もう~と今度は腰を捻りながら、小首をかしげた。
「一昨年の秋口にさあ、裕人にひさしの風鈴、取ってもらったじゃない? だから私、あれから風鈴のない夏を過ごしてるんだぞ? こら」
「ひさしの風鈴ってなんのこと?」
「……いいよ、怒ってるんだね。ごめんなさい。あの風鈴、前の彼氏が……和也が最初つけてくれたやつだもんね。忘れたいのわかるよ。でも私、寂しい……。和也と別れた後にさ、裕人、徹夜でライン付き合ってくれて、あ、途中で寝落ちちゃったときは何度も『もう!』ってなってたけどさ。でもずっと根気よく話きいてくれて……。裕人、優しかったから、私、いっぱい甘えてばっかりで」
悠里とはもう随分前に別れたとはいっても、別の男の名前を出されるとカチンとくるのは男の性だろうか。まじで胸がざわつくし、股も痒い。
「和也って誰?」
「もう、知らないふりばっかりして。い・じ・わ・る」
いえいえ、なんもかんもがマジで記憶にございませんが!?
まさか人違いしてる? と一瞬焦るけど、上目遣いで覗き込んでくる悠里の顔を見ていたら、流石にそれはなさそうな気がしてくる。悠里は、この視線に俺がすこぶる弱いってことをわかってて、こういうことをする女だった。
いや俺が、「その顔で! 下から見上げて、『裕人君大好き』って言って! もっと言って!」って、何度もお願いしてたのは覚えてるよ? だから、今のそのあなたのやり方を責める権利は俺には一切ありはしないですよ。
うん。だからそれはいいんだが……。
「ごめん、マジで風鈴ってなんのことなのか、わかんないんだけど」
すると悠里は真剣な目つきで涙を浮かべた。
「ひどい……。裕人、急に返事くれなくなっちゃったから、私何かしちゃったのかな? ってしばらく泣いてたんだよ。加奈子に話したら、それは風鈴がまずかったって言われて、私ずっと謝りたかったのに……。なかったことに、したいんだね……裕人」
悠里は一歩下がって立ち止まり、下を向いた。横断歩道は青信号なんだが、どうする?
「えっと、あの、ここで立ち止まるのは良くない、と思――」
彼女に手を差し伸ばそうとすると、俺の右の親指にいる黄色いスマイリーマークが、にかっとさらなる笑顔を飛ばしてきた。おお、心の友よ。何か言いたいことがあるかね?
俺は黄色い丸信号を見つめる。なにかが脳内でピシパシっとねずみ花火みたいに散って光ったけど、すぐ消えていった。
「とりあえず、どっかお店入ろ。ねっ? 立ち止まってると迷惑だし、ここ寒いし」
記憶にないとはいえ、今は冬だ。彼女が俺に用事があるとして、それは元鞘に戻りたい、という可能性はなきにしもあらずだけど、俺は過去の大いなる経験から根拠のない期待はしないようにしている。俺の涙タンクの貯蔵量には限りがある。涙も枯れて一滴も出てこないなんて状況には陥りたくない。俺の人生。まだまだ瑞々しくあってほしいのよ。
彼女はこくんと肯いて、しおらしく後をついてきた。
「かわりばんこほうじ茶ぜんざいひとつ!」
運よく見つけた甘味処の暖簾をくぐり、朱い座布団の乗った竹椅子に座って、意気揚々と俺は頼む。彼女はアイスティーを注文した。寒いのにアイスティー。そんなに体が火照るの? 俺が冷ましてあげようか、と親父ギャグをかましそうになって口にチャックをする。危ない危ない。どんびかれる。
竹スプーンを指につまむと、親指のスマイリーがまたにかにかと大口を開ける。こいつと一緒に暮らすようになってから、おれはすこぶる甘いものが好きになった。ほらあったでしょ、胸にぴょん吉飼ってたやつ。僕ちゃんのスマイリー君にもお名前つけてあげようとは思ってるんだけど、なかなかいい名前が見つからないんだよね。女の子かもしれないしさ。あ、でもたぶんオス属性だとは思ってるんだけどね。え、だって俺と好みが似てるからさ。え、何の好みかって? それは言えないなあ。
「裕人、話聞いてる?」
「あ、ごめん」
「なんか、裕人すっごい変わった……なんか残念っていうか、悲しいな」
「あー。ごめんごめん、ほんとにごめん。それで、風鈴ってなに? 話聞くから」
「ねえ、裕人もしかして本当に覚えてないの?」
そういって悠里が俺を見つめる。運ばれてきたアイスティーには手をつけていない。親父ギャグとか考えてる場合じゃなかったらしい。
「ひどい……」
悠里が俺から見えない膝の上でぎゅっと握りこぶしをするのがわかった。え、泣く? 泣いちゃう? まずい、この目つきはマジで泣いちゃう5秒前ってやつではないのか!?
俺は竹スプーンを皿の上に置いて、無条件で頭を下げた。
「悠里、全部俺が悪い! ごめんなさい! 許してください! 君を傷つけてごめん!」
「うふふ。わかればいいんだ💛 たべよ! 許して、あ・げ・る」
え、そんだけ? 和也は? 風鈴は? 話はいいの? 女ってマジでわっかんねえ!
つか俺いつの間にか許されてる? やったー。
「それよりさ、その親指、なにかついてるの? さっきからずっとアイコンタクトしてる」
悠里の機嫌はなぜかよくなり、また馴れ馴れしい感じに戻って俺の手をさすった。
「え、ああ。なんかねちょっと前にカウンセリングにいったんだよね。すぐ『はあ』っていう変なカウンセラーだったけど、俺大学勤めが忙しかったからさ、ストレス軽減してもらったんだ。たぶんあの頃俺だいぶやられてて」
親指を見せて、左右に振る。
「こいつは、そんときにもらったペットみたいなやつ。よくわかんないけど相棒? たぶんそんな感じ」
すると、悠里はそれを両手でつかんだ。
「そうなんだ? 私には見えないけど、傷ひとつない、きれいな親指。すごく男らしくて素敵」
俺の親指に注がれる視線が、うっとりと煌いている。
「ねえ、裕人……夏になったらさ、うちのひさしに風鈴つけてくれる?」
「任せろ」
俺はきりりと応えて、彼女の手を握りしめる。
今年の夏はきっと最高の夏! 俺の夏! アロファ! あれ? アローハ!!
まってろよ! 風鈴!!
――Alofa ‘Oe !!
(おわり)
TAKE1はこちらをご覧ください。
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