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『拮抗するアメリ力』
◆2023年9月3日午後6時28分32秒
アメリカの入校式は夕飯時のカフェ・モンマルトルにて行われた。合格者はたったの3名。とくに今回に限って少なかったというわけではない。毎年アメリカは3名なのだ。
選考試験は履歴書と小論文、そして通過者に対する最終面接のみで行われる。我が国においてはまことにめずらしいことに性自認が女性であることと限定もされている。資格や専門知識は必要なく、おもに私生活における詳細なパーソナリティや趣味嗜好、性体験や片思いのエピソードなどをつまびらかに1万文字の小論文として提出しなければならない。
妄想癖をもち、一人遊びが好きで、さらには両親の愛情に恵まれず、愛着障害を持ち、肌の接触に不慣れですぐにドキドキすること。パニック障害を患っていてもかまわない。
「入学おめでとう。さてさっそくだがお嬢さん方、君たちに伝えなければならないことがある」
学科長のギヨーム・ローランJr.がいった。
「じつは君たちの最終試験までの累積スコアには1点の差異もなく、まったく横並びだったのだ。12月のマルシェ・ド・ノエルには一年生主催の初舞台が早々に企画されている。通例として首席合格者がその主役を演ずる栄誉を与えられるのだが――」
3名はカウンターのチェアーに腰かけ、ギロームの話に耳を澄ませた。
「今この場で改めて首席を決める追加試験を実施したいと思うのだが、かまわないかね」
短い黒髪を軽く後ろに流したひとり目のアメリ・トトゥが応えた。
「かまわないわ。心臓発作を2回経験したあたしにはなんてことないもの」
「よかろう。では君からだ」
ギロームがトトゥに向き直る。
「君は持ち主不明の宝箱を拾ったことがあるかね?」
「もちろんよ」トトゥは答える。「片っ端から訪ね歩いて持ち主を見つけたわ!」
「持ち主の名は?」
「ブルトドー」
ギロームは満足気にうなずき、ふたり目のアメリ・オドレイに向かってピーナッツを投げた。「君の番だ」
オドレイは黒く凛々しい眉を寄せて緊張した面持ちを見せる。「いいわ」
「片恋に悩み、愚かにもストーキングする男性を救う方法は?」
「新しい恋に目を向けさせること!」
「よかろう。はたしてその方法は?」
オドレイの瞳が曇る。「どうした。難しいかな」
「まさか。あまりにもたくさん活躍したからどれから話すべきか迷っただけよ」
胸の前に手を重ねておくと、オドレイは目を瞑り天井を仰ぐ。
「私は……彼にまず面白いビデオを届けたわ。それに彼をいじめる職場の上司にいたずらを仕掛けたわ。足のクリームを歯磨き粉に変えて!」
ギロームはうなずいた。
「小鳥は少しずつ巣を作る。ことわざを知る者に悪い人はいない。すばらしい。評価する」
オドレイがほっと胸を撫でおろすと、隣で3人目のアメリ・ジュザンヌが次は自分の番であることに緊張を隠さず、椅子の上でじりじりとお尻を揺らした。
「さて、マダム・ジュサンヌ。君はどうしてジュサンヌ科を受験せず、こちらへ来たのだね?」
「簡単なことです。私はマダムではなくマドモアゼルだからだわ!」
「よろしい。では君にこそ相応しい質問をしよう。一目惚れのレシピとは何か、答えたまえ」
ジュサンヌは即答する。
「材料は顔見知りの2人。お互いの好意をからめて、よく混ぜる。これで一丁あがり」
「むぅ……すばらしい! やはり君たちのアメリ力は拮抗している。仕方がない。この方法だけは用いたくはなかったのだが……パワーで競い合うしかないようだ」
アメリたちは突然、世界と調和がとれたと感じた。すべてが完璧。柔らかなカフェの光。空気の香り。夜街のざわめき。人生は何とシンプルで優しいことだろう。
トトゥは胸に手を置き、発作が起きませんようにと願った。
オドレイはポケットに忍ばせたお守りの証明写真を撫でた。
シュザンヌは手に握っていた香水のキャップを床に落とした。
「大丈夫だ! 君たちの骨はガラスのように脆くない!」
3人のアメリはアメリ力を迸らせる……!
――サイコキネシス!!!
パシャッパシャッパッシャ!!!
カフェ・モンマルトルは巨大な証明写真機で、瞬くフラッシュが3人の力を増幅させた。その結果、なんという悲劇か。みな一様に心臓発作を起こし、倒れ込む。
「むぅ……君たちはやはり野菜以上だ。なにより芯(ハート)がある。医者を呼べ」
こうしてアメリたちの入校式は幕を閉じた。回復力においてもアメリ力はやはり拮抗したままで主演はついに決まらず、アメリ科の学科長はサイコロを振るしかなかった。
《おわり》
第二回 #古賀文学賞 参加作品
※これは第二回古賀文学賞の募集要項に従い、一時間制限で創作されたパスティーシュ作品です。
※『アメリカの首席にまつわる様々な事情』より改題しております。(2023.9.25)
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